ピンチをチャンスに変える図々しさ

      2017/08/15

30歳の頃から自営業しか経験していないので、良いも悪いも全部自分に降りかかってくる。

 

お客様に土下座をしたこともあるし、スタッフにお金を貸したらそのまま逃げられたことも・・・

こういう出来事はすべて「アルミニウム」時代の話。

 

当時、若いアタシは相当バカだったんだね。

 

バカにつける薬として、運動療法=土下座。

外科的療法=お金逃走。(これ、外科的かな?頭をガッコーンと殴られた気分だった)

 

 

アルミニウム時代は師匠もいなくて、バカな睦子の直観だけが営業方針。

アタシの「直観」なんて「ピンチ」の同義語みたいなもので毎日ピンチの繰り返し・・・

 

 

今日はこの『ピンチをチャンスに変える図々しさ』について

ある時、(「チラシ」を撒いたらいいんじゃないの)という直観がひらめいた。

すぐ「チラシ」を大量に作成!

 

近所の「塩釜口」という地下鉄の入り口で、通る人に片っ端から渡しまくる。

「お願いしまーす!」

「アルミニウムでーす!」

 

 

夕方。

お店の電話が鳴った。

「あんたかぁーー!!!チラシを撒いたのは! どうしてくれるんだぁ!!」

 

「えっ、ええー?なんですかぁ?」

 

「塩釜口の駅員だけど、あんたが撒いたチラシをみんな丸めて捨てていく。それが線路に落ちてどうにもこうにも困っとるーー!!」

 

「えっつーーー!!すみませーーん!すぐ行きます!」

 

 

とにかくほうきと塵取りをもって地下鉄に開けつける。

本当にほうきを持って走った。

 

今だったら「魔女の宅急便」か「ハリーポッター」だけどこの頃は「アホなアルミニウムの睦子」さ。

 

 

ショックだった。

全身全霊で作った手作りチラシは丸めて捨てられる。

それがあろうことか線路の上。

 

ゼーゼー言いながら「すみません!すぐ掃除します」

 

脇目も振らず、ひたすらプラットホームのチラシを掃き続け、(次は線路!)と降りようとしたその時・・・

 

 

「まーー、えーーよぉ。あんたの心意気はよよくわかった。」

 

駅長さんはアタシの行動を止めて、「暑いだろ。お茶でも飲むか」。

 

情けなくて、恥ずかしくて、悔しくて、たぶん若いアタシは泣いていたと思う。

 

 

駅長室でいただいた麦茶は美味しくて、ちょっと心に余裕が生まれたアタシは汗と涙を流しながらアルミニウムの出店を語った。

 

駅長さんはじめそこにいた駅員さんは(へんなオンナだなぁ)と思ったみたいだけれど、その夜お客様として来店して下さった。

相当びっくりした。

(なんでこうなるの?)と新人経営者はわけのわからないまま接客して、その後その駅員さんたちはアルミニウムの常連さんになってくださった。

びっくりしながら(駅員さんたちはみんないい人だ!よかったー)

 

その後も友好関係は続いて、「サバを煮たから食べにおいで」とか駅員室にお呼ばれまでして仲良くしていただいた。(これは30年も前の話。今はきっと規律も厳しくなっている事でしょう。駅員室には勝手に入らない方が良いと思います)

 

 

 

常連さんは知り合いや友達をお店に連れて来て下さる。

1人常連さんが2人常連さん。

そして4人常連さんが8人常連さんに・・・

気が付くと常連さんの輪。

 

ほかにもこういった常連さんグループがいくつも出来て行って、小さな10坪のお店はどんどん混んでいった。

一つ波に乗ると口コミが口コミの輪を広げる。

若いアタシの貴重な学習期間だった。

 

 

世の中、何が起こるか分からない。

完璧なピンチをチャンスに変えると信じられないポジティブ現象が巻き上がる。

 

 

現代はSNSをはじめとしたネットの力が圧倒的で、アタシが学んだ汗をかくプラットホームの掃除は必要ないと思う。

現代の経営は素晴らしくスマートになり替わって、こんな汗水たらした体力話は役にたたないかぁ?

 

いやいや。

そんな事はない。

 

世の中どんなに変わってもピンチをチャンスに変換する努力はかかせない。

ちょっとした小さなミスを種にして、大きな成功を育ててもらいたいと思う。

 

 

 

さて、たくさんのお客様からいろいろ学ぶことができたアルミニウムは6年間の営業を経て

「前向きな閉店」を決める。

 

次のチャンスをつかむために「閉店」を決める。

 

続く・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 - 未分類