『しょうゆ亭睦子のエッセイ:女性の飲食店切り盛り術』始まります!

   

今日からブログタイトルが変わります。

 

『しょうゆ亭睦子のエッセイ:女性の飲食店切り盛り術』

 

これだ!!

 

 

そう、アタシは睦子。

小さい頃は(なんでこんなオムツを連想する名前をつけたかなぁ、とほほー・・)。

親を恨んだし、もう嫌で嫌で仕方なかった。

 

 

でも、この歳までお付き合いすると、大好きな「睦子」。

 

なんと愛着のある名前だこと!

なんと愛着のある音声だこと!

 

 

 

ブログで自分の名前をあかすのは初めて。

言ってみりゃ捨て身だぜぇーー!

 

 

捨て身の睦子はこれまでの飲食店の経験を書き綴ろう。

捨て身だからなんでも話そう。

捨て身って言葉は恥のオブラートだ。

オブラートにくるまれてたらこわいものはないさ。

さぁ、行くぞぉ!!

 

 

 

誰にも一個の過去があって、誰にも一個のドラマがある。

飲食店を始めたアタシのドラマは山あり、谷あり、谷あり、谷あり・・・

(谷ばっかりじゃん。)

(そーだね・・・)

(いろいろあるさ)

 

 

 

しょうゆ亭を初めて29年とよく書いているけれど、実はその前の7年ほど喫茶店とかパブを経営していた。

 

この喫茶店がアタシの人生のターニングポイント。

 

この時、30歳。

何故この時に喫茶店を始めたのか・・・

 

 

これこそ正に、ずぶの素人がよく吐くセリフ「喫茶店でもしようかかなぁ・・・」の一言に集約する。

経験なんかまったくないのについ口から洩れてしまった、「喫茶店でもしようかかなぁ・・・」。

オンナの30歳は怖いもの知らずだから怖い。

 

 

 

アタシは20歳過ぎからテレビやラジオのレギュラーを持つタレントだった。

「高橋ムツ子」というという名前はアタシと同年代のヒトなら知っているかもしれない。

お芝居の舞台にも立っていた。

 

今は昔のお話だけれど「お笑いマンガ道場」という懐かしい番組や、すごくマニアックな全国ネットの番組、NHKの「明るい農村」という番組にも出演していた。農業のことは何も知らないアタシを何故採用して下さったんだろう。NHKにはたくさんお世話になっていてFM局の「リクエストアワー」というラジオのDJも長く続けていた。

 

おひとり様稼業だから苦労もあったけれど、自分の努力はそのまま自分のスキルにつながって、楽しい毎日。

 

 

そのころ結婚して娘が生まれて・・・それでもタレント稼業はずーーっと続ける筈だった。

ただ、自分ではそのつもりでも所属していた事務所はそれを許さない。

 

 

その頃、名古屋の芸能界はピチピチした若い女の子を求めていた。

アタシはと言えば・・・結婚はする、子供まで生む、そんなタレントの需要はどんどん減っていく。

 

結婚式の司会をしたり、ちびっこショーの司会をしたり、毎日マイクは握っていたけれど(なんか違うぞ!)と悶々とする日々。

 

悶々が爆発して事務所の社長とぶつかる。

「辞めます!!自分で生きていきます!」と啖呵を切る。

 

 

「自分で生きていきます」とは言ったものの、どうしよう・・・

芝居と、マイクを握ってしゃべる事しかできないハンパ女が生まれてしまった。

 

こんなことしか出来ないオンナは世間をどうやって生きていこう。

 

この時だ。

「喫茶店でもしようかな・・・」

 

あまーーーい!!

ヒジョウニ、アマイ!!

 

だいたい「喫茶店でも・・」の「でも」がいけない。

 

なにが「でも」だ!

このアホたれ!

ストライキもくっつけて完璧なアホたれ!

 

 

今、独立して自分のお店を持ちたいと考えているそこのアナタ!

くれぐれも「でも・・・」で仕事を選ばないで!!

「喫茶店でも・・・」とか「ラーメン屋でも・・・」という発想で成功している人を見たことがない。

 

「でも・・」で始めるとアタシのように苦労をする。

絶対にもっと積極的な意思に大枚を使おう。

 

次回に続く・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 - 未分類